いつかニカちゃんと呼べる日まで(仮)

ニカちゃんとはまだ呼べなさそうです。

担当を決めるということ①追っかけ歴編

TwitterのTLでなぜ自担の担当になったのかという話が出ていた。

それを読んでいると、元々の自分の好みや性質だったり、自分のタイミングや相手の露出のタイミングや偶然や色々な要素が絡んで興味深いなと思った。

そもそも私は、人がなぜそれを好きになったのか、という理由やきっかけの話を聞くのも話すのも好きだ。

ってわけで話したい(笑)

何せ、約20年弱ぶりのジャニオタ出戻りなので、ジャニーズじゃない人が挟まっていて、担当というには少し語弊があるかもしれないけれど。

 

私は今29歳なのだけど、自分の意思でこの人を応援しよう、と決めたのは小学生高学年の時の滝沢秀明さんが一番最初だった。

母親の影響でSMAPが好きだったりしたけれど、当時の等身大の自分が自分でMYOJOを読んで決めたのが、滝沢秀明さんだった。

正直ちゃんとした理由は覚えてないw

周りでジャニーズが流行っていたっていうのと、滝沢さんの可愛いところが好きだったのは凄く覚えている。

それをきっかけに、私の誰かを応援しながら暮らすという人生は始まった。

 

その次にハマッたのは、T.M.Revolution西川貴教さんだった。

西川さんとは、人生の半分以上をともに過ごして今に至るんだけどw

これも最早きっかけは覚えてないw

当時、HEY!HEY!HEY!やうたばんで大ブレイク中だったから、その流れでいいなーと思って何となく応援し始めたんだと思う。

だけど、西川さんを応援し続けている理由ってのはやっぱりしっかりあって。

中学2年生の時、クラス替えの最初でうまくいかなくって、それを引きずって中学3年生の時と2年間クラスで一人ぼっちだった。

嫌われてるとかいうわけじゃなくて(嫌われてたのかもしれないけどw)最初の感じが変な感じになっちゃって、ちょっとでも話してた人とかもクラスにいなくて、話しかけてくれても上手く返せなくなっちゃって、それを繰り返してたら、あれよあれよとグループが出来上がっちゃって入るグループがなくなった的な感じw

だからむしろ自爆したとも言える。

1年生の時にできた友達と、小学生からの友達は違うクラスにいたから、お昼休みとか部活の時は友達といれたんだけど、多感な時期にクラスの行事やイベントごとで一人ってかなりキツかった。

だけど、変な意地を張ってというか精一杯の強がりというかで仲良くしたいと思えない人とは一緒にいたくない! と思って余っている人たちのグループには入ってやるもんか! と思ってその人たちとも仲良くしようとは思わなかった。

まぁ、イベントごとだと強制的にその中に放り込まれるけどwそれでも馴れ合いたくなかった。

今思えば、もうちょっと上手くやれよ自分と思うけど、その時はわかんないよね。

そんな、今でもちょっと自分のトラウマみたいなものになっているその時代に、私を助けてくれたのが西川さんだった。

テレビに出るとか、CDが発売されるとか些細なことが私には大事件で、発売日までカウントダウンしたりして、嫌だった学校を乗り切った(クソ真面目だったので、サボるとか、行かないという選択肢はなかったw)

だって、学校の大部分がつまんないんだもん、西川さんを応援してて楽しい、元気をもらった、助けてくれたって思い出、すり込まれるよね。

西川さんに対する感情は、結婚したい(はーと)から犯罪以外の何しようが応援するよ、に変わったけどw

西川さんは、私に生きる活力を与えてくれる存在ってのは、その時から今に至るまで変わっていなくて、正直何度もファンをやめようと思ったことはあったんだけど、ライブに行けば、私の大好きな西川さんがそこにいて、ライブ前にどうしようって思ってたことなんてすっかり忘れて、頭空っぽになって、また会おうぜ! にフルパワーで返事している。

そして、明日からも頑張ろうって思っている。

もしかしたら、西川さんを応援し続けているっていうのは、私なりにあの時の恩を返そうとしているのかもしれないなぁとこれを書いて思った。

 

西川貴教さんと同時進行で同じくらいの熱量で応援していたのが、椿屋四重奏中田裕二さん。

好きになったきっかけと経緯ははっきり覚えているw

椿屋四重奏がインディーズの頃に、西川さんがANNで良く聴いているといって深紅なる肖像というアルバムの小春日和という曲を流した。

この曲は、ファンの間でも人気のある曲でキャッチーさもあるんだけどどことなく物悲しくて、私の中で引っかかりがあったのと、当時西川さんに対してお花畑脳だった私は(今調べたら深紅なる肖像の発売が2004年だったので、多分流れていたのもその時期だと思われる。19歳だったよ、私。まぁまぁ長いな、私のお花畑期w)西川さんお勧めのバンドだし~と思ってとりあえずTSUTAYAでレンタルしてきた。

借りてきた当時は、そこそこ聴いていたような記憶はあるんだけど、小春日和以外の曲はあんまりキャッチーじゃなかったので(後に味わいがあって結局は好きになるんだけどw)特にそのままその後の活動を追うこともなく、私の中でフェイドアウトしていった。

その3年後、椿屋四重奏はメジャーデビューが決まり、当時西川さんが司会を務めていたPOP JAMにゲスト出演することになった。

久々に椿屋四重奏という名前を見て、そういえば! と思ってテレビを見ていたらそこには生まれ変わった椿屋四重奏がいた。

知らない間にめちゃめちゃ垢抜けていたボーカルの中田裕二さんと、和風で歌詞でそなたとか言ってたのがちょっと都会っぽい艶のある曲に変わっていた(当時艶ロックと呼ばれてたな)

その衝撃が凄すぎて、一瞬でファンになって、とりあえず出てるCD全部借りてきて、調べたらすぐライブをやることがわかったので、ライブにいった。

でもその時のライブって、特にパフォーマンスが凄かったわけじゃないし、ちょっとガラガラだったし、用事があって、私途中で出たしw

だけど応援したいという強烈なものがあったのが、2ndシングルの恋わずらいが超名曲だったから。

7年前の曲だけど、未だに大好きだし色褪せない名曲だと思っているから、貼っとこう。


椿屋四重奏 - 恋わずらい - YouTube

 

とにかくこの曲が大好きだった。

ライブの時、ギターボーカルだから、ガンガンギターも弾くんだけどこの曲と一部の曲はハンドマイクに持ち替えて歌うんだけどその時の中田さんの動きやステップが凄く好きだった。

後ろにバンドメンバーを背負って、ワンマンバンドって周りから言われて、本人もメンバーも認めてて、だけど何もしょってないかのように軽やかにステージを動き回る中田さんが好きだった。

ちょうど社会人になったタイミングで好きになったのも大きかった。

自由になるお金が増えて、土日以外はほぼ好きなように休みが取れたので、ライブに沢山いけた。

そして、関西でのライブが結構土日が重なっちゃってて関東や四国に行ったりしたのも、一緒に旅してる気分(まぁ1回のツアーでせいぜい4回くらいしか行ってないんだけど)だったし、出すアルバムごとに物凄い勢いでクオリティが上がっていくので、追いかけていて凄く楽しかった。

でも、2011年の1月に解散しちゃうんですよね。

振り返ってみれば、色んな所につれていってくれて、少し遅い青春時代を少し上のお兄さんたちと一緒に過ごしているような感覚だった。

 

そして、椿屋四重奏解散後、ボーカル中田裕二さんはソロに転向するわけですが。

元々中田裕二さんの作る曲が凄く好きだった。

技術的なことは全く語れないけどw田舎から出てきた大学生の私に中田裕二さんの歌詞の世界観って結構衝撃だった。

恋わずらいなんて、

燃え盛る火に分け入って 荒れ狂う波に寝そべった

丸めて捨てられない恋が すり切れたままに 転がった だし。

誰かと付き合ったり、別れたりすることはあっても、私の知っている恋愛とは違った。

そんな曲を作り出せる中田さんに猛烈に焦がれたし、それらをずっと引きずってひねくれた恋愛観を拗らせて今に至ってるけど(白目)

そうかと思えば、手の届かない遠い憧れの人のはずなのに、同じ目線に立って語りかけてくれるような曲もあったりして。

中田さんの作る曲は、いつでも私の心を大きく揺さぶったので、ソロになったとしても追いかけない理由はなかった。

だけど、つい最近発売されたアルバムを忙しさにかまけてまだ聴いてもいないので実はそろそろ潮時かもしれないとひそかに思ってはいるのだけれど……。

 

その次にハマったのは、ももいろクローバーZ佐々木彩夏さん。

Zがつく前に怪盗少女だけは知っていたのだけれど、その曲だけたまに聴いたりカラオケで歌ったりするくらいで(プロモが可愛かったから)これもまた、特に追いかけたりしなかった。

その次に出会ったのが、まさかのモテキの映画だったw

走れ! が使われてて、そこで何か引っかかったのかちょっと曲聴いてみよ~と思って出会ったのが、Z伝説~終わりなき革命~だった。

というか、バトルアンドロマンス自体が良いアルバムだったけど。

悲しい ことなど 一生続かないから

からの

我らは アイドル 週末ヒロインももクロ

のところが本当何度聴いても泣きそうになって。

この曲に込められているももクロの物語性が本当にたまらなくて。

初めてのライブが、武道館での女祭りなんだけどもう1曲目のミライボウルから号泣してしまって、その時の自分のコンディションや私生活が絡んで涙が出ることはあったけど、本人が出てきて涙が出るって初めての体験だったから、それもやっぱり衝撃的だった。

ももクロが好きって思っても、最初特に好きなメンバーがいるわけじゃなかったというか、所謂箱推しだった。

皆可愛いし。

うううううううん、と悩んで一人決めるとしたら夏菜子ちゃんかなあ、エビぞりグッとくるし……みたいな感じだった。

だけどあーりんを推そうと思ったのは、何でだったけな~。

そもそも見た目が好みだということに気付いたwってのもあるんだけど、やっぱりあのアイドルアイドルしたキャラクターとソロ曲のだってあーりんなんだもーんとあーりんは反抗期がなかなか衝撃的だったのと何を歌ってもあーりんになっちゃうあの歌声かな。ライブでは煽り役っていう役割とか。

ファンクラブに入った時に、当時仕事かなんかで結構最悪な気分で今の私を癒すのはあーりんの笑顔しかない……と思いながらファンクラブに入ったのは覚えてるんだけどw

あーりんは笑顔というより微笑みかな。天使の微笑み。

でも、ももクロの劇的な物語性に触れて、惹かれて、そこに飛び込みたいと強烈に思って、そこにぴょこんと飛び出てきたのがあーりん、という感じ。

でも、ももクロの活動自体が落ち着いてきたのと、さすがにちょっと何組もは追えなくなってきたので、茶の間に戻りました。

これからはまったりと。

 

やっと本題! ですが長くなりすぎたので、二階堂さんは次の記事でw